明治10年 1

盛岡市仁王第一地割字内丸第十〜十八番地併合の女子部校舎に創立する。

32年 5

新校舎成る。

45年 3

尋常科2個学年複式学級を開設する。

大正15年 4

岩手県女子師範附属小学校となり、盛岡市内丸に移転する。

昭和17年 7

校歌並びに校旗を制定する。

  18年 8

盛岡市加賀野第三地割字中道に新校舎落成し移転する。(現在地)

  23年 4

附属小学校PTAが成立する。

  24年 6

国立学校設置法により、新制大学制度の実施に伴い、岩手大学学芸学部附属小学校として発足する。

  41年 4

岩手大学学芸学部が岩手大学教育学部となるに伴い、岩手大学教育学部附属小学校と名称変更する。

  4411

新校歌の歌詞、江間章子氏よりとどく。

  45年 2

新校歌の曲、中田喜直氏よりとどく。

  45年 6

学校公開研究会「創造性を育てる指導」

  46年 4

普通学級1学級増設し21学級となる。(6年かえで組)

  46年 6

新校舎落成式

  47年 6

学校公開研究会「創造性を育てる指導」

  49年 5

学校公開研究会、講師京都大学名誉教授湯川秀樹氏
「創造性を育てる授業の追求」明治図書刊

  51年 6

学校公開研究会「創造性を育てる授業の具体的手だて」

  5211

附属小学校百周年記念式典挙行

  53年 6

学校公開研究会「カリキュラム開発とその評価」(第一次)

  55年 6

学校公開研究会「カリキュラム開発とその評価」(第二次)
合科,総合活動を発表

  57年 6

学校公開研究会「カリキュラム開発とその評価」(第三次)

(文部省研究指定―教育課程一般)

  59年 6

学校公開研究会「カリキュラム開発とその評価」(第四次)

  61年 4

滝沢学校林整備

  61年 6

学校公開研究会「カリキュラム開発とその評価」(第五次)

  63年 6

学校公開研究会「自己教育力を育てる授業」(第一次)
「共に学びあいながら自己を高める子を育てる」

平成 2年 6

学校公開研究会「自己教育力を育てる授業」(第二次)
「自己を見つめ豊かに表現し高め合う子を育てる」

   4年 6

学校公開研究会「自己教育力を育てる授業」(第三次)
「自分らしさを発揮しながら確かな力を身につける子を育てる」

   6年 6

学校公開研究会「自己教育力を育てる授業」(第四次)
「互いのよさを認め高め合いながら自ら学び続ける子を育てる」

   7年 6

わかたけ活動(国際理解教育、環境教育、ボランティア教育)始まる。

   8年 4

研究開発学校の委嘱を文部大臣より受ける(小学校における英語教育のあり方)

   8年 6

学校公開研究会「学びの自立を図る教育課程の創造」(第1次)
「価値ある行動を考え、自ら活動するなかで学びを高めていく子供を育てる」

   911

附属小学校創立百二十周年記念式典挙行

  10年 6

学校公開研究会「学びの自立を図る教育課程の創造」(第2次)
「発信し合いながら学ぶよさを味わう子供を育てる」

  11年 4

研究開発学校の委嘱を文部大臣より受ける(総合的な学習の時間)

  12年 6

学校公開研究会「学びの自立を図る教育課程の創造」(第3次)
「学びを開く子供を育てる」

  14年 6

学校公開研究会「学びの自立を図る教育課程の創造」(第4次)
「学びを見つめ、自分の学びを創る子どもを育てる」

164

国立大学法人岩手大学発足

16  6

学校公開研究会「知を形成する確かな学びの創造」(1)

 「教科・領域の固有の知をとらえた学習指導をとおして」

講師 2000年ノーベル化学賞受賞者 

筑波大学名誉教授  白川英樹 先生

18 8

新コンピュータ室 竣功

191

特別教室 児童玄関 完成

192

文部科学省指定国語力向上モデル事業国語力向上授業研究会 

講師 文部科学省教科調査官

    井上一郎先生

193

校舎改修(第1期)終了

1911

平成19年度公開授業研究会(算数研・体育研・複式研)

講師 筑波大学附属小学校        教諭 細水 保宏先生

    東京学芸大学附属世田谷小学校 教諭 鈴木聡先生

201

長澤校長他2名、北京大学附属小学校を訪問

206

学校公開研究会「知を形成する確かな学びの創造」(第3次)

「教育活動全体で構成する確かな学び」

講師 文部科学省初等中等教育局主任視学官 田中孝一先生

207

校舎改修工事(第2期)開始

209

児童用教育コンピューター更新(40台)